何者かにならなくても、人生は豊かだった。オーストラリアの山の上で見つけた、本当の豊かさ

豊かな人生とは、どんな人生だろう。

たくさんのお金を持つこと。
好きな仕事で成功すること。
美しいものに囲まれて暮らすこと。
自分の夢を一つずつ叶えていくこと。

どれも、きっと素敵なことだと思う。

私自身、これから実現したいことがたくさんある。見てみたい景色も、経験したいことも、叶えたい夢もある。

けれど、オーストラリアの山の上で暮らした経験は、私にもう一つの豊かさを教えてくれた。

それは、何かを手に入れる前から、すでに自分の人生の中に存在している豊かさだった。

太陽が昇るのを、ただ眺めていた朝

オーストラリアで暮らしていたある朝、私は朝方に目が覚めた。

そして、太陽が昇ってくるところを眺めていた。

そのとき、ふと不思議に思った。

太陽は東から昇ってくる。

でも、ここは南半球。
日本で見ていた太陽とは、空の中で位置する方角が違う。こちらでは北側に太陽がある。

同じ太陽なのに、いる場所が変わると、見える景色も変わる。

そんなことを、ぼんやりと感じていた。

そして、私は今ここに寝る場所がある。
日本には、帰る場所もある。

太陽は今日も昇ってくる。

特別なことを成し遂げた朝ではなかった。
何かを手に入れたわけでもなかった。

それでも、そこには確かな安心感があった。

人生には、もっと頑張らなければ手に入らないものがある一方で、すでに与えられているものもある。

その朝の私は、そんな当たり前のことを、いつもより少し深く感じていたのかもしれない。

何もしない時間が、こんなにも豊かだった

暮らしていた家は、山のてっぺんにあった。

とても静かな場所だった。

ただ座って本を読む。
庭を眺める。
太陽が沈んでいくのを見る。

何かを達成するためでも、将来の役に立つ何かを身につけるためでもなく、ただ時間を過ごす。

そんな時間が、私にはとても幸せだった。

それまでの私は、何かを成し遂げなければいけない、何者かにならなければいけない、という気持ちを持っていた。

今よりもっと成長して、何かを実現して、誰かの役に立てるようになって。

そうやって前に進んでいくことが、人生を豊かにすることなのだと思っていたのかもしれない。

もちろん、今でも成長することは好きだし、叶えたい夢もある。

けれど、山の上で過ごした時間は、私に別の視点を与えてくれた。

人の役に立つこと。
人に助けてもらうこと。
そして、ただそこに存在すること。

そのどれもが、人生の一部なのだということ。

何かを成し遂げたから幸せなのではなく、何も成し遂げていないように思える時間の中にも、幸せは存在していた。

一頭の馬と、少しずつ近づいていった日々

その家には、馬が一頭いた。

その馬はトラウマを抱えていて、保護してくれる人がいなかったために引き取られた馬だった。

私が新しい住人としてやってきた頃、馬は私が触れられる距離まで近づいてはこなかった。

私は毎日、その馬に会った。

少しずつ距離が縮まり、やがて餌をあげられるようになった。

そして最後には、ブラッシングをしたり、顔を撫でたりすることもできるようになった。

最初は、餌があるから近づいてくれるのかな、とも思った。

けれど、ブラッシングができるようになったとき、私はこう感じた。

愛が伝わったのかもしれない。

そして、自分自身の中にあった恐れも、なくなっていたのかもしれない。

もちろん、馬が何を感じていたのか、本当のところはわからない。

それでも、時間をかけて少しずつ心の距離が縮まっていったことは、私にとって特別な経験だった。

動物と心を通わせる。

言葉で説明し合うことができなくても、相手との関係が少しずつ変わっていく。

その幸せを、私はそこで味わった。

豊かさというと、何かを所有することや、望んだものを手に入れることを思い浮かべるかもしれない。

でも、私にとっては、こうした目に見えないつながりも、人生を豊かにしてくれる大切なものだった。

自分の中の恐れが小さくなると、世界の見え方も変わる

山の上での暮らしを経験してから、私は以前よりも、自分自身を客観的に見られるようになった。

自分は何を望んでいるのか。
なぜ焦っているのか。
本当は何が怖いのか。

以前よりも、そんなことを考えられるようになった。

今でも、細かいことで焦ることはある。

けれど、その焦りの奥に何があるのか、少しずつ理解できるようになってきた。

ただ目の前のことに振り回されるのではなく、自分の心の動きを見つめる。

そして、自分が本当に望んでいるものを明確にしていく。

私にとって、それは自分の人生を自分で選んでいくための、大切な変化だった。

「自分はなんでもできる」と思えることも、単に何でも簡単に実現できるという意味ではない。

自分の可能性を最初から閉ざさずにいたい、という感覚に近いのだと思う。

何者かにならなければ価値がないから頑張るのではなく、自分の可能性を信じているから、やってみたいことに挑戦する。

その違いは、私の中でとても大きい。

豊かさは、未来にだけあるのではない

私たちは、ときどき、今の自分には何かが足りないと感じる。

もっとお金があれば。
もっと成功していれば。
もっと成長していれば。
もっと自由に生きられたら。

そうした願いを持つことは、決して悪いことではない。

私も、これからもっと豊かな人生をつくっていきたいと思っている。

ただ、理想の未来を追いかけるあまり、今の自分の人生を、まだ豊かではないものとして扱いたくはない。

太陽が昇るのを眺められる朝があること。
安心して眠れる場所があること。
帰る場所があること。
本を読んで過ごせる時間があること。
誰かの役に立ち、誰かに助けてもらえること。
少しずつ信頼を育んでいける存在がいること。

そうしたものを、私は豊かさと呼びたい。

そして、もっと成長することも、もっとお金を稼ぐことも、夢を叶えることも、同じ人生の中にあっていい。

今あるものに感謝することと、もっと望むことは矛盾しない。

今の自分を大切にすることと、未来の自分に期待することも、両立できる。

何者かになってから幸せになるのではなく、今の自分を大切にしながら、望む未来をつくっていく。

それが、今の私が大切にしたい生き方だ。

あなたにとっての豊かさは、何ですか?

オーストラリアの山の上で暮らした時間は、私にとって、人生の豊かさを考え直すきっかけになった。

あの場所での暮らしが、すべての人にとって理想の生き方だとは思わない。
私自身、ずっと山の上にいたいわけでもない。

これからも、いろいろな場所を訪れ、たくさんのことを学び、夢を叶えていきたい。

ただ、どこにいても忘れたくないことがある。

それは、豊かさは、何かを手に入れた未来にだけ存在するわけではないということ。
何者かになろうと頑張っている今日にも、すでに大切なものがあるかもしれない。
そのことに気づけたら、人生は少し違って見えるのではないだろうか。

あなたにとって、何かを成し遂げなくても幸せだと感じられる時間は、どんな時間ですか。

そして今、すでにあなたの人生にある豊かさは、何でしょうか。

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